IROZA MAGAZINE

Column 色×読書

黄色い本 - 日常の外に出る色

初めまして。イロヤマガジンで連載を始めます、文月悠光(ふづき・ゆみ)です。詩人の肩書きで、雑誌に詩や書評などを書いています。詩のタイツをtokoneというブランドから出したり、ラジオ番組で朗読したりもしていますが、仕事柄、本は最も身近なアイテム。デザインや物語、文体から喚起される色彩感覚……。「色」という観点で本を見直したとき、新たな発見があるかも。そんな思いつきから出発した「色×読書」、どうぞ見守っていてください。初回は黄色です。
 
黄色い表紙の本と言われて、何が思い浮かぶだろう。『チボー家の人々』を題材とした、高野文子の傑作『黄色い本』だろうか。或いはセンター試験対策の問題集? タウンページの黄色い顔を思い出す人もいるかもしれない。実は学術誌「NATIONAL GEOGRAPHIC」も、黄色い縁取りの表紙が目印になっている。
 

10834183_695789057202542_762080585_n


 
私がまず思い浮かべるのは、森絵都の小説『カラフル』の単行本。黄色一色のシンプルな装丁が目を惹く一冊だ。アニメ映画の原作にもなった本書は、小学三年のころ学校の図書室で見つけた。一度は死んだはずの主人公「僕」は、人生をやり直すチャンスを与えられる。魂の修行のために中学生として生活する中で、彼はあらゆる困難に襲われる……と聞くとありがちな成長譚に感じられるが、登場人物の魅力が「お約束」を阻んでいる。この本のためか、未だにカラフル、という語から想起するのは黄色だ。
 

10822721_695787783869336_160694952_n


 
家にある黄色い本を集めてみると、ジャンルを飛び越えて、全く結びつきのないラインナップになる。にも関わらず、ここには共通性がある。
アンドリュー・カウフマン著、田内志文訳『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』は、銀行強盗にあった被害者たちが〈身長が縮む〉〈夫が雪だるまになる〉〈心臓が爆弾になる〉などの奇妙な事態に巻き込まれる小説。独自の比喩の世界と、示唆に満ちた結末に唸らされる。パトリック・ツァイの写真集『MODERN TIMES』は、オリンピック前の中国を笑いの視点で切り取っている。思わぬ光景の連続に、ニヤニヤが止まらない。浅野いにおの代表作『おやすみプンプン』は、ヒヨコの姿をした少年〈プンプン〉のシュールで波乱万丈な成長物語だ。黄色い表紙は、始まりの第1巻にあたる。
3冊に通じるのは、シュルレアリスムの世界観である。アンドリュー・カウフマンにしても、浅野いにおにしても、日常描写のディテールは細やかで、非常に現実味がある。現実ではありえないことが起きているにも関わらず。現実と地続きだからこそ、物語は奇妙で面白いのだ。黄色とは、日常を少しだけ逸脱する色なのだろう。
世田谷文学館の萩原朔太郎展の図録『生誕125年 萩原朔太郎展』も黄色一色。これは『青猫』の函を模したデザインだ。人間じみた猫の版画が、表紙の右上を飾っている。一九二三年に刊行された『青猫』は、元祖・黄色い本といえよう。青空文庫でその全文を読むことができる。月に語りかけ、女に夢を抱き、書物に答えを求め、町を彷徨う詩人の魂を感じてみてほしい。
表題作は、〈青い猫〉の像と共に、自らの孤独が詠われている。
 
ああ このおほきな都會の夜にねむれるものは
ただ一疋の青い猫のかげだ
かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
われの求めてやまざる幸福の青い影だ。
いかならん影をもとめて
みぞれふる日にもわれは東京を戀しと思ひしに
そこの裏町の壁にさむくもたれてゐる
このひとのごとき乞食はなにの夢を夢みて居るのか。
(詩「青猫」全文)
 
ここに表れているのは、都会への憧れと失望感だろうか。朔太郎といえば〈ふらんすへ行きたしと思へども/ふらんすはあまりに遠し/せめては新しき背広をきて/きままなる旅にいでてみん〉という、詩「旅上」の書き出し部分がよく知られている。自らを慰めるような、のどかな語り口だ。渡仏は叶わなかったけれど、本当は寂しい日本を出て、異国の可能性に賭けたかったに違いない。
黄色は日常の外に出る旅の色だ。『カラフル』の主人公のように、魂を物語に任せれば、幾通りもの人生を生き直すことができる。日常と本の世界を行き来すること。これが読書の醍醐味だろう。
 
「色×読書」第1回、いかがでしたか。本棚に明るく灯る黄色い本、これが連載の「黄色信号」にならないことを祈ろう。

記事一覧へ戻る