喪服はなぜ「黒」になったのか

服を選ぶことはとても楽しい。どのようなサイズ、デザイン、色にして、何に合わせるか考えることは面倒でもあるが、その選択肢の多さが自由度を広げ、オシャレを楽しくさせる。
 
しかし、ときにはTPOに沿った格好も必要になってくる。たとえば冠婚葬祭。このときばかりは周りの空気に同調するように、自分の格好も周囲に合わせていかなければならない。
 
だが、あのTPOというものはいったい誰が決めたのだろうか? 葬儀やお通夜のときは黒いスーツでなければならないと、どういった経緯で決められたのだろうか? 喪服が黒い理由について、葬儀・お墓・終活コンサルタントの吉川美津子さんに聞いてみた。
 
 

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Q.なぜ喪服は「黒」と決められているのでしょう?

吉川さん:日本の歴史を見てみると、実は長い期間、喪服は潔白なイメージを表す「白」を使われていたことがわかっています。大河ドラマなどで白い着物を着ているシーンを見たことがあると思いますが、あれがまさに典型ですね。「黒」に変わっていった理由にはいくつかの説がありますが、主な理由としては、明治時代になって西洋化が進み、洋服が普及したことがきっかけではないかと言われています。明治天皇が亡くなられたときにはもう黒の洋服で葬儀が行われていたようですし、政府関係者を中心に、黒のスーツという文化は急速に広まっていったようです。ただ、一般の方が黒のスーツで葬儀をするようになったのは、昭和のはじめのころとも言われています。
 

Q.欧米諸国では、昔から「黒」のスーツが基本だったのでしょうか?

吉川さん:イギリスでも「白」だった時代があったと言われています。ヨーロッパだけでなくアジアでも、中国の一部の地域や韓国では、今でも白い民族衣装を葬儀のときに着る風習があるそうです。そもそも喪服という文化がない国もあるでしょうし、「黒」が主流とはいえ、そうでない国もたくさんありますよ。
 

Q.とはいえ、国内では「黒」が基本ですよね?

吉川さん:あくまでも「黒」が主流であることには違いないですが、あくまでも主流なだけで、すべてが「黒」というわけではありません。最近だと歌舞伎役者の中村勘三郎さんの葬儀に、奥様の好江さんが白紋付で出席されていましたし、日本の伝統を重んじているご家庭もあると思います。また葬儀のルールも、マナー本などではまるで全国統一ルールのように描かれていることがありますが、本当は地域で違います。たとえば骨壷は、関東だとすべて遺骨を拾いますが、関西ではのどぼとけを中心に一部しか拾わないところがあります。北海道ではお香典に領収書が出ますし、青森や秋田などでは葬儀が会費制のところもあると聞きます。このように、世界や国で統一されたルールがあるわけではないことは、あまり知られていないことなのかもしれませんね。
 
 
 
ファッションだけでなく葬儀の衣装にも、深い歴史がある。百貨店の店員から「これなら冠婚葬祭どれでもいけますよ」とオススメされたものを安易に着て安心していたが、何も知らずに地方に行くとうっかり恥をかくこともあるかもしれない。故人を想う気持ちを、身だしなみや作法にも表せられるようにしておきたいところだ。
 
 

吉川美津子

葬儀・お墓・終活コンサルタント。大手葬儀社、墓石・仏具店で実務を積み、専門学校の葬祭ビジネス学科を運営。その後、葬儀社起業サポートと葬儀ビジネス に関するコンサルティング業務を開始。弔事グッズの企画・開発なども行っている。講演は「終活」「葬儀」「お墓」」関連セミナーなど年間50本以上。

 
 
 
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