ドレスやシューズが教えてくれる、等身大の”フリーダ・カーロ”

ドレスやシューズが教えてくれる、等身大の”フリーダ・カーロ”

近代メキシコを代表する女性画家フリーダ・カーロ。6歳の時にポリオのため右足が不自由となり、17歳でバスの大事故で瀕死の重体に陥り九死に一生を得たものの、生涯痛みを背負い壮絶な人生を送りました。その一方で、美貌に恵まれたこともあり、著名な壁画家であった20歳年長のディエゴ・リベラと二度に渡る結婚、レオン・トロツキーやイサム・ノグチとの恋愛など、恋多き女性としても知られます。

フリーダ・カーロの遺品を撮影する、石内都の創作過程


©ノンデライコ2015

 

2012年。死後58年を経て、フリーダ・カーロの遺品が封印を解かれたのを機に、メキシコ人のキュレーターの発案によりその遺品を撮影するプロジェクトが立ち上がりました。依頼を受けたのは、世界的な写真家・石内都。映画『フリーダ・カーロの遺品 –石内都、織るように』は、小谷忠典監督が、石内氏の撮影に同行し、その後、メキシコの「死」と「生」の記憶に触れるために、二度目のメキシコロケを行い、完成しました。

石内都によって、新たに見出された”フリーダ”


©ノンデライコ2015

 

フリーダには熱狂的なファンが多く、フリーダ・カーロ博物館、通称「青い家」は、メキシコを代表する観光名所のひとつになっています。しかし、石内氏のフリーダに対するまなざしは、とてもクール。フリーダの熱心なファンではなく、撮影の依頼を受けたのを機に、資料を一通り読んで、現地へ向かったそうです。リベラとフリーダは、いくつか恋愛沙汰を起こしていることもあって、スキャンダルが強調されがちですが、石内氏は、撮影を通して、そういった先入観とは異なるフリーダに出会ったと述べています。


©ノンデライコ2015

 

フリーダは、リベラが好んだ民族衣装のテワナドレスを愛用しました。テワナドレスは、日本の着物に似ていて、上着も紐スカートも四角形です。丁寧な刺繍が施されたドレスは、親から子へと受け継がれていきます。今と違って、当時の衣服は使い捨てではなかったので、着る人の体に合わせるために、切ったり縫ったりするのは当たり前。素材もとてもよく、ほころびたところをつくろって、大切に使っていました。
 

フリーダは、ポリオの後遺症で右足が短かったため、靴のかかとは左右で高さが違っています。石内氏がテワナドレスや靴を撮影したのは、小柄だったフリーダの等身大の姿を教えてくれるからなのかもしれません。石内氏は、その他には、おびただしい数の医療用のコルセット、鎮痛剤として使っていたモルヒネの瓶などを撮影しています。47歳で亡くなったフリーダは、「出口が喜びに満ちているといい。私は戻りたくない」という言葉を残しています。想像を絶する痛みの中で、懸命に生きたことが伝わってきます。

過去と未来を行き交う、三者三様のまなざし


©ノンデライコ2015

 

本作を通して浮かび上がってくるのは、フリーダ・カーロ、石内都、小谷忠典、3人がとらえた過去と未来ではないでしょうか。石内氏は、フリーダにとって恋愛は、世界を知るための手段でもあったのではないかと述べています。
 

一方、小谷氏は、フリーダの遺品を撮影する石内氏を通して、メキシコの「死」と「生」の記憶に興味を抱き、二度目のメキシコロケに向かいます。そこで出会ったのは、陽が沈んだ後の闇と光が融合したメキシコの空、生と死の境目のない美しく幻想的な風景だったそうです。


©ノンデライコ2015

 

作品名:『フリーダ・カーロの遺品 –石内都、織るように』
公開日:2015年8月 シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
公式サイト:http://legacy-frida.info/
コピーライト:©ノンデライコ2015
 

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