IROZA MAGAZINE

Column 色×読書

岩波文庫の赤緑 - ローマ字の物語

冬はこっくりとした色合いを身に着けたくなる。中でも、赤と緑のクリスマスカラーは、落ち着きと華やかさを与えてくれる。どちらもはっきりした色合いで、洋服として身にまとうには勇気がいるけれど、本の色ならばどうだろう。冬は色鮮やかな本を選びたい。手元から温まる気がするから。
 
赤と緑の本といえば、村上春樹の小説『ノルウェイの森』。単行本版には金色の帯が付いていて、いっそう華やかだ。書物というよりも、誰かに贈るギフトのような雰囲気が出るのだ。この本のおかげで、赤と緑の配色の本は、並べて『ノルウェイの森』臭がしてしまう。「私ね、ミドリっていう名前なの。それなのに全然緑色が似合わないの。変でしょ?」と今にも女の子の自己紹介が聞こえてきそうだ。

 

出典元;Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%A3%AE)

出典元;Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%A3%AE)

 

私の中では、いま密かに岩波文庫ブームが起きている。新刊も頻繁に出ており、書店に並んでいるのを見ると、別文庫で読んだ作品もつい欲しくなってしまう。欲しくなる理由の一つに「色」がある。

 

岩波文庫の背表紙の色(かつての帯色)が、青白黄緑赤の五種類に分かれているのはご存知だろうか。特にあなたが小説の読み手であれば、岩波文庫の緑と赤には馴染み深いはずだ。ざっくり説明すると、青が哲学系、白が経済・社会系、黄が日本の古典文学。そして、緑は日本の近現代文学、赤は外国文学を示す。各本には〈青622〉、〈白125〉など色とセットで通し番号が振られており、書店の棚でも色ごとや番号順に並んでいることが多い。そのため、岩波文庫の夏目漱石『三四郎』を探す場合、〈緑10-6〉という情報を手掛かりに、背表紙の色から選別することになる。
 
では、お気に入りの岩波文庫を緑と赤それぞれ一冊ずつ挙げてみよう。
 

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桑原武夫訳編『啄木・ローマ字日記』(緑54-4)は、近代歌人の石川啄木がローマ字で残した日記。妻子ある身ながら私娼窟に通ったり、〈好色本〉を書き写したり、借金を重ねていく自身の様子を克明に描いている。啄木当人は苦悩しているらしく〈病気をしたい〉〈ああ, あらゆる責任を 解除した 自由の生活! われらがそれをうるの道は ただ病気あるのみだ!〉という目に余る記述もある。何せ切ないのは、その3年後に啄木が病死していることだ。
 
啄木はローマ字で書くことで、家族に読まれる可能性を回避しているつもりだが、そもそも妻の節子はローマ字が読めたという。暗号で書き綴った日記を(燃やしてくれ、と本人が頼んだにもかかわらず)、死後に公開されてしまうとは……。何とも滑稽で愛おしい。短歌だけ詠んでいる啄木より、私にはこちらの方が何倍も親しみが湧く。『ローマ字日記』は、文学者の切実な告白でもあり、”愛されるダメ男”の出発点だ。「自分はダメな人間じゃないか」と悩む人も、本書に励まされることだろう。副読本として、枡野浩一さんのエッセイ集『石川くん』もおすすめだ。
 
知里幸惠編訳『アイヌ神謡集』(赤80-1)は、アイヌ民族に謡い継がれてきた叙事詩〈ユーカラ〉を、これまたローマ字で音を起こし、平易で美しい日本語訳を付けた一冊。本書を編んだ知里幸恵は、なんと19歳の一少女。本書を完成させた直後に亡くなっている。『アイヌ神謡集』は、著者の生涯をかけた一冊なのだ。
 
私が本書の存在を知ったのは、中学生のころ。〈銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに〉という瑞々しい表現、〈梟の神〉〈海の神〉など神々の語りに魅せられた。大空を滑空したり、弓矢を引いたり、魚になって泳いだり……読みながら、身体が生き生きと動き出すのを感じる。アイヌ文化に馴染みのない人も楽しめるので、ぜひ手に取ってほしい。
 
図らずも「ローマ字」が関わる二冊を選んでいた。そういえば、こうしてパソコンに打ち込んでいる文字も、「ローマ字」入力だ。「ローマ字」は日本語と異国語の間に立つ、不思議な存在である。
 
アルファベットの中に、文豪の痴態も、神々のことばも息づいている。赤や緑に彩られ、本棚の一角で冬日に照らされながら。
 
 
 

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