紅色、猩々緋、洗朱…DIC伝統色シリーズに学ぶ色名の由来

色×コラム

色見本帳といえば、アメリカのパントンと日本のDICがよく知られています。パントンの色見本帳は、グラフィック・印刷向け、ファッション・インテリア向け、プラスチック・プロダクト向けなど、用途に合わせて紙、布、プラスティックなど、さまざまな素材の色見本帳を取り揃えています。

一方のDICの色見本帳は、グラフィックユースがメインなので、素材は紙ですが、ファッション、インテリア、プロダクトなどの幅広い分野で利用されています。DICには伝統色のシリーズがあり、日本、フランス、中国の伝統色が、由来解説文とともに編纂されています。色と色名だけでなく、歴史や文化の一端を知ることができるのは、パントンの色見本帳にはない魅力です。

伝統色というと、古くからある色と考えられがちですが、色名が飛躍的に増えたのは、身分制度が解消され、化学染料が普及した近代以降です。古代日本では、朝廷に仕える臣下を12の等級に分け、冠の色で地位を表した「冠位十二階」が施行され、地位によって着用できる色が制限されました。当時は色材の種類が少なく、染色技術も発展途上でしたから、表現できる色は少なく、偏りもありました。

それでは、時代を追うごとに、色彩は豊かになってきたのでしょうか?年代別に、日本の伝統色から赤系の色をピックアップしてみましょう。

飛鳥〜奈良時代:万葉集に歌われた色

左から、朱華(くすんだ黄赤)、紅色(あざやかな赤)

左から、朱華(くすんだ黄赤)、紅色(あざやかな赤)

朱華(はねず)とは、鮮やかな朱色に近いオレンジがかった薄い赤色のこと。唐棣とも書き、日本書紀や万葉集には、この色名が登場します。

「思わじと言ひてしものを朱華色の移ろひやすきわが心かも」大伴坂上郎女(万葉集)
(もうあんな人のことなど思うまいと、きっぱりと口に出して言ったのに、なんと変りやすい私の心なのだろう。朱華色のように)

紅色(べにいろ)とは、紅花から採った色素で、やや紫みがかった赤のこと。万葉の歌人たちは、朱華を移ろいやすい恋の比喩に用い、隠しきれない恋心を紅色に託しました。
「紅に衣染めまく欲しけれど着てにほはばか人の知るべき」柿本人麻呂(万葉集)
(紅色に衣を染めようと思うけれど、それを着て目立ったら、世間のうわさ話しになることだろうなあ)

平安〜江戸時代:かさねの色目と陣羽織の色

左から、紅梅色(明るい赤)、猩々緋(あざやかな黄みの赤)

左から、紅梅色(明るい赤)、猩々緋(あざやかな黄みの赤)

紅梅色(こうばいいろ)とは、紅梅の花の色からきた色名のこと。平安時代の貴族の着物の配色「かさねの色目」には、「紅梅襲」と呼ばれるものがあります。

「木の花は、濃きも薄きも紅梅。桜は、花びら大きに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる。藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし」清少納言(枕草子)
(木の花で言うならば、色が濃くても薄くても梅の花がよい。桜は、花びらが大きくて葉っぱの色が濃く、枝が細い様子で咲いているのがよい。藤の花は、花房がしなやかに長く、色が濃く咲いている様子がとてもすばらしい)

鎌倉、室町、安土桃山時代は、武士や商人が台頭し、貴族が独占していた色彩が庶民にも開放されるようになりました。茶道の影響から、渋い色が好まれるようになるなど、それまでになかった色彩感覚も芽生えます。猩々緋(しょうじょうひ)は、戦国時代の武将が好んだ色のひとつ。ケルメス(かいがら虫)から採った色素で染めた、南蛮渡来の毛織物の色にこの名がつけられました。

猩々緋羅紗地違い鎌模様陣羽織(東京国立博物館所蔵)

明治〜大正時代:和装の流行色

左から、洗朱(明るい黄みの赤)、長春色(くすんだ黄みの赤)

左から、洗朱(明るい黄みの赤)、長春色(くすんだ黄みの赤)

洗朱(あらいしゅ)とは、朱色のうすい色のこと。朱色を洗ってもうすくなりませんが、明治時代の和装の流行色のひとつに、この名があります。現代では、漆のカラーバリエーションのひとつとして、定着しています。

長春色(ちょうしゅんいろ)とは、ローズ系のにぶい色調の色のこと。英語には、オールドローズという色名があるように、濁りのある色調をoldという形容詞であらわすことがあります。大正時代の流行色のひとつで、現代も着物の色として親しまれています。

参考
2015年パントンのカラー・オブ・ザ・イヤー「マルサラ」とは?
DICデジタルカラーガイド