IROZA MAGAZINE

Column 色×読書

いちばん欲しいもの

前回紹介した、山田詠美の短編集『放課後の音符(キイノート)』は、おしゃれな小物の存在感が際立っていて(さすが「オリーブ」連載)、文章で表現されているにも関わらず、フォトジェニックな印象を受けた。一方、モチーフの細部が描かれていないにもかかわらず、それが妙に効いていて、物語に重要な役割を果たすものもある。


 

たとえば、尾崎翠の小説「第七官界彷徨」にも、興味深いモチーフが登場する。
主人公の町子は田舎から上京したばかり。詩人になることを夢見ながら、兄である一助と二助、従兄弟の三五郎とともに共同生活を送る。精神科医の一助は美人患者に恋焦がれ、農学部学生の二助は失恋を引きずりつつ、〈蘚(こけ)の恋愛〉を研究中。彼らに感化された町子は、恋への好奇心を温める。〈人間の第七官にひびくような詩〉を書くには失恋経験が必要だ、と信じて。
 


〈失恋とはにがいものであろうか。にがいはてには、人間にいろんな勉強をさせるものであろうか〉
〈私には、失恋というものが一方ならず尊いものに思われたのである〉。

 

さて、町子は物語の冒頭でこのように語っている。


〈よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである〉

 

〈ひとつの恋をしたようである〉というぼんやりとした語り口が印象的だ。町子は誰に恋をしたのか、誰に失恋したのか、物語の中でもはっきりとは示されない。町子自身にもわからないのかもしれない。だが、あるモチーフに着目すると、それはかなり明白になる。
物語の前半、町子は三五郎にお金を渡し、くびまきを買ってほしいと頼む。それは上京前、祖母から〈都の冬には新しいくびまきが要るであろう〉〈都の衆に劣らぬよい柄のを買いなされ〉と与えられたもの。三五郎は〈いい柄のを買いにつれてってやるよ〉と約束するものの、その後は約束を引き伸ばし、たちもの鋏や、ボヘミアンネクタイ、ヘアアイロンを買い与える。町子の赤い縮れ毛を切ってやったり、ネクタイの布で隠したり、ヘアアイロンで整えてやったり、と彼女の容姿を(頼みもしないのに)西洋風に仕立てていく。三五郎が町子の首に接吻する場面もあり、二人はこのまま結ばれるかと思いきや、彼は別の女性にも心奪われてしまう。彼の気まぐれな行動に、町子は振り回されるばかりだ。
 

ある日、町子は一助の同僚である柳浩六の家を訪ねた。その際、浩六は彼女に似ている人として、外国の女性詩人の写真を見せてくる。
彼は町子を送る帰り道、「僕の好きな詩人に似ている女の子に何か買ってやろう。いちばん欲しいものは何か言ってごらん」と尋ね、町子にくびまきを買ってくれる。かくして、新しいくびまきはようやく手に入るのだ。
その後、彼と会うことは二度となく、町子は〈恋の詩〉をしたためる。彼女が誰に恋をしたのか、敢えて口を噤もう。ただ、いつの時代も〈いちばん欲しいもの〉をさりげなく探り当てる男は魅力的。浩六が買ってくれたくびまき。それは町子が田舎から持ってきた〈灰色をした毛糸の首巻き〉とは違い、都会らしい華やかな柄物だったに違いない。そのくびまきが似合うようになるころ、町子は本当の恋に落ちるだろうか。
 


 

ところで、浩六が町子に教えた〈女詩人〉とは誰だろう。〈屋根部屋に住んでいた詩人で、いつも風や煙や空気の詩をかいていた〉という情報から、19世紀アメリカの女性詩人エミリー・ディキンソンが浮かぶ。生まれた家に引きこもり続けたディキンソンと、帰郷後に音信を絶った尾崎翠。確証はないけれど、共にその生涯には謎が多く、重なる部分がある。


 花はあなたの目にその目を向けるのを
 少しも恐れません。だから乙女は
 いつも花になりたがるのです。

 

「1864年頃の詩(869)」抜粋
 加藤菊雄訳『完訳 エミリィ・ディキンスン詩集』(研友社)より
 
 
 

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