大人の女にパターンはいらない

色×コラム

大人の女にパターンはいらない

着ていくものに困ると、花柄やドット柄の洋服に逃げる傾向がある。柄物で武装しなければ、安心して人前に立てない。だけど、それは「ごまかし」や「逃げ」であって、自ら選んだものではないこともわかっている。無地の服が似合う人は、自分の魅力を知っている人なのだろう、と羨ましく思う。


編集者がくれたカード、展示のDM…思わず壁に貼ってしまうものたち

 

物語に出てくる洋服や小物が気にかかり、頭から離れないことがある。登場人物の視点で描かれたこの服は、どんなデザインだろう、手ざわりだろう、と実際に確かめてみたくなる。部屋の壁に好きな絵や写真を貼るように、そのモチーフを並べてみたくなるのだ。


 

山田詠美の短編集『放課後の音符(キイノート)』には、たくさんの小物が登場する。主人公は皆17歳の女の子。だのに、いや、だからだろうか。皆、宝物のようなモチーフを持っている。秘めた感情を、ものに託して語らせるのだ。
「Body Cocktail」のカナが身につけている金のアンクレット、「Sweet Basil」のリエが漂わせる甘い香りの香水、「Brush Up」の雅美が足の爪に塗る透明なエナメル、「Jay-Walk」のヒミコが履くハイヒールなど、どれも女の子なら一度は手を伸ばしたくなるものばかり。
 
 
「Red Zone」のカズミは、元カレにできた年上の恋人についてこんな風に語っている。
 

「私、髪の長いハイヒールはいた、いかにもって感じの女を想像してたんだけど、さ。髪が短くって、男の子みたいな人なの。ジーンズにリーボックのスニーカーはいて。化粧してないんだけど、真っ赤な口紅だけつけてるの」
 

気取りがなく、お化粧だって引き算できる大人の女性。若い主人公たちは「素顔に真紅の口紅なんて、素敵」と焦がれるが、私は口紅よりも気になることがあり、カズミに聞き返す。
「好きな男の人の前で履けるジーンズってあるの?」
それは太めのストレートの形だろうか、それとも脚の細さを際立たせるスキニータイプか。色はインディゴブルー? 色あせたような薄い水色? わかるはずもない。だけど気になる。
カズミは、〈年上の女の人〉の典型例として、〈タイトスカートをはいて、気怠い感じに煙草をふかす女の人〉をイメージしていたという。
 

「でもさ、そんなのって大人の単なるパターンなんだよね。(略)
気怠いって言葉は、私たちにとっては、大人への憧れを表すものでしょ。でも、本当はそうじゃない。本当の大人って、うんと一生懸命なんじゃないかな」
 

大人の一生懸命さ。そう、山田詠美が素晴らしいのは、印象強いモチーフを仕掛けるだけでなく、そのモチーフが登場人物(=読者)の予想を心地よく裏切るところ。
『放課後の音符(キイノート)』は80年代後半、雑誌「オリーブ」にて連載された。言わずもがな、80年代の少女たちが熱狂した伝説の雑誌だ。女の子の憧れをくすぐるモチーフを、「こういうものかもよ?」と別の角度で提示してくれる。モチーフもそれを身につける女の子も、小説なのにフォトジェニック。映像が目に浮かぶだけでなく、それが現実以上にかっこよく見えるのだ。
 

「Red Zone」には、元カレと年上の恋人の会話が詩のように綴られる箇所がある。二人のやり取りは、主人公に〈甘酸っぱい気持〉を呼び起こす。
 


金もくせいの匂いがする
甘くて歯が痛くなりそう
秋には恋に落ちないって決めていたけど、
もう先に歯が痛い
金もくせいを食べたの
金もくせいも食べたの
だから
歯の痛みにはキス

「Red Zone」『放課後の音符(キイノート)』より

 

大人の女にパターンはいらない。決まった柄に染まる必要もない。自由なのだ。そう思うと、無地のシャツも花柄のスカートも、素直に着こなせそうな気分。まずは、春のクローゼットにふさわしいジーンズを買いに行こう。